二流指揮者カラヤンを今こそきちっと葬るスレ
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0001それなりのカラヤン支持者
2008/06/16(月) 16:00:07ID:0cnMO6xI今のところ、その作戦は功を奏し一部の熱狂的なカラヲタを生んだが
カラヤンと同世代に生き、カラヤンの生演奏を何回も聴いた経験から
すれば「えっ?カラヤンってそんなに凄い指揮者だったの?」という
感覚から抜け出せない。カラヤンは管弦楽がキラキラと美しく響き
フォルテでは馬鹿でかい音をだした。旋律線はレガートで装飾され
リズムは早く颯爽と爽快だった。しかし、しかしである。
ただ表面だけをピカピカに磨いていただけの音楽ではないか?
曲にひそむ深さとか凄さとか面白さとかは全然提示することなく、
すべてカラヤン節。そこには曲に対する尊敬も畏敬の念もない。
若い世代のカラヤン好きを認識の上 ここに 一応の決着を付けよう
ではないか。言いにくい事も多々あると思うが。
0244名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 19:54:52ID:80pcT3Q1でも、カラヤンの信徒の方も同じことを言うんだよね。
「ミスもなく美しい演奏で素晴らしい」と。
恐らく同じ演奏を同じ様に聴いていて、かなりの部分で
同じ様に感じていながらも、最後に何か分かれ目がある
のでしょうね。ただ単に美しいだけではお腹いっぱいに
ならない人にはカラヤンはカラっぽで詰まらないけど、
美しけりゃ良いという価値観もある。確かに一面的には
美しさは極めてるから、それも好し。
0245名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 19:59:32ID:954rWi2w日本の聴衆には、造形を捻じ曲げるほどの爆演を聴き分ける力があると
信じたいですが、そうもいかんのでしょうな。いつだったか、シャイーが来日して
演奏した「新世界」にはガッカリしたものでしたが、意外にも「ブラボー」つきの拍手
で、会場はわいてました。
0246名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:11:34ID:pGZFcpdG水槽コン厨
0247名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:21:46ID:nflcF2veしかしあの指揮姿を見ながらだとなんとなくカラヤン流になってしまうと。
雰囲気芸術だよな、細部まで詰めたわけじゃないから聴き込んで新たな発見とかはない。
一回聴て終わり。
セルみたいな偉大な指揮者とは全くレベルが違う。
バンスタとはまーいい勝負か。
0248名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:23:04ID:qCzK2Xk7石井さんですか?
0249名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:23:33ID:Cl8GZbMP谷川俊太郎だったかが「カッコよすぎるカラヤン」と評したそうですが、
作品への感動を、指揮者への感動にうまく重ねようとしたのが、
まさしくカラヤンだったのではないですか。
0250名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:31:52ID:pGZFcpdGヘボウとのブラ4めちゃよかったし
その話題で知り合いのプロのトップ吹きと飲んで語り合ったよ。
俺はカラヤンより好きだよ、かといってカラヤンも嫌いでない
0251名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:34:06ID:zg1N21vI0252名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:34:43ID:CiN6MrPTカラヤンのは音楽だがセルのは合奏w
0253名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:36:59ID:pGZFcpdGうん
自分の耳が確かでないのなら、アーノンの本でも読んだら、
逆説的にいかにすぐれた指揮者かわかるよ
0254名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:42:57ID:oDQNHt0p0256名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 20:55:22ID:Dzgokq+U体系的に音楽を学んでない人は、
まず一流の演奏をうけいれる耳をもったほうがいいよ。
許容範囲が狭まるから、楽しみが減るよ
0258名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 21:38:47ID:hHK3giBkカラヤンがクラシック音楽をこれだけポピュラーなものにした功績は、やはりすごいものがあったと思う。
古便みたくコンサートホールにこもっていた方々と比較しての話だけどね。
そういう面では間違いなく一流の経営センスだと思う
0259名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 22:12:09ID:iSlkXIKc確かに、いつも古便信者が言っているせりふそのもの
なかなか鋭いですね。
0260Klaus Schlegel User
2008/06/25(水) 23:12:33ID:6qe+vAs5トスカニーニ、フルトヴェングラー、カラヤン、バーンスタインは、いずれも「名指揮者」でしょう。
しかし、演奏(再現芸術)に対する取り組みの方向性、解釈は大いに異なっていたようです。
トスカニーニやカラヤンが、芸術的に演奏しつつも演奏する作品を客観視していたのに対し、
フルトヴェングラーやバーンスタインは、作曲家と同化して主観的に解釈しようとしました。
結果、前者と後者のいずれが作曲者の意図に沿っているかは、個々の作曲家の立場次第です。
R・シュトラウスやシベリウス、プッチーニ、ショスタコーヴィチらは前者を賞賛しました。
しかし、「作曲家と自分を同化して解釈する」立場が傲岸不遜であっても演奏が魅力的なら、
それを許容、あるいは賞賛する作曲家も決して少なくないだろうということは想像できます。
あなたがもし作曲家だったなら、自分の作品をどちらの方法で演奏してほしいと思いますか。
0261名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 23:14:01ID:AwDv8vqc日本人だけでも小澤、小泉、高関、山下など、濃度は違えど
教わっているわけだろ? しかし、結構タイプは違うように
感じるし、個人的には高関の楽譜に対する尋常じゃないこだわりなど
見上げたものだ、と思うが、彼らはカラヤン先生をどう思い、どう影響を
受けているのだろうか? (ちょとスレチかも知れんが)
0262名無しの笛の踊り
2008/06/25(水) 23:24:49ID:80pcT3Q1>「作曲家と自分を同化して解釈する」立場が傲岸不遜であっても
何とも誘導的な論の進め方ですなあ。
ちょっと決め付けが過ぎるんじゃないでしょうかねえ?
中立を装っているようで、大分筆が走ってますよ。
0263Klaus Schlegel User
2008/06/25(水) 23:26:00ID:6qe+vAs5興味深い質問です。特に小澤征爾はカラヤンとバーンスタインの両者に師事していますが、
彼は「カラヤンは死ぬまで私を弟子として面倒を見てくれた」と感謝しているようでした。
また、指揮芸術についての質問に答える際にはカラヤンの言葉をよく引き合いに出します。
バーンスタインについて彼が語っているのをあまり見たり聞いたりしたことはありません。
一緒に食事をしにいくのはバーンスタインのほうが気楽でいいとは言っていたようですが。
高関さんのインタビューでカラヤンについて語っている内容はネット上で検索できました。
やはり、尊敬はしているようですね。
0264Klaus Schlegel User
2008/06/25(水) 23:32:13ID:6qe+vAs5ご指摘の通り筆が走ってました。確かに不適切な表現だったと反省します。
0265Klaus Schlegel User
2008/06/26(木) 00:19:48ID:RJZv0PmE私個人の立場は明確です。
「作曲家と同化して作品を解釈する」と明言する「名指揮者」達の演奏を聴くと、
指揮者個人の「解釈」で「作品」を塗りつぶされ歪曲されているように感じます。
「田園」や「第九」を聴きたいと思っても、ベートーヴェンが聴こえるどころか、
思い入れの強い「作曲家」風情の指揮者の自己顕示欲が演奏に反映されてしまい、
下品なものを見せられた、あるいは「贋物」をつかまされていると感じるのです。
「感動」や「喜び」とは「精神性」の一言でくくれるほど大雑把なのでしょうか?
作曲家が、偉大な音楽作品を通して私たち聴衆に投げかけるメッセージについて、
「混ぜ物」なしに提供されることが不可能にしても、エチケットはあるはずです。
自称「作曲家」が「混ぜ物」を増やすことが胡散臭く感じられる感性もあります。
天上におわします作曲家本人が、ガッカリしているように思えてならないのです。
「オレオレ」指揮者の演奏や解釈よりも、「作品」自体のメッセージを聴きたい。
「解釈」を押し付けないでほしい。私に必要なのは「詩人」ならぬ「職人」です。
0266名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 00:31:35ID:y8LIxUJl0267名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 01:16:31ID:zp4j77y50268名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 09:22:26ID:i+ULLUnK解釈かどうか モー様やベー様なんて楽譜が現在の作曲家と比べりゃずいぶん
ゆとりなわけだから 混ぜ物かどうかなんて死んだ本人にしかわからんだろう
いろんなパターンがあってもいいと思うけどな
0269名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 09:28:49ID:40WJd7YM(>>256みたいに分かりにくい文章を書く人に多い)
音楽とは,まず理論と技術ありき,ということなんだろう。それは間違いではない。
しかし,音楽理論を体系的に学んだら,それで音楽が分かるのだろうか。
文学作品や美術作品を鑑賞することと音楽を鑑賞することに,
そんなに大きな隔たりがあるとは思えない。
優れた文学作品や美術作品に触れたときの感銘と,優れた演奏に触れたときの感銘は,
同じ種類のものだと,文学や美術にもある程度造詣の深い人は,分かると思う。
>>265
その成立に百人近い人間が関わるオーケストラ芸術において,
まったく個人の主観が入らないなどということが可能なのかどうか。
なるぺく主観を排するように心がけている(つもりの)演奏と,デフォルメの限りを尽くした演奏,
というのはあるのでしょうが。
「あの指揮者は職人タイプだ」というのは,概ね褒め言葉です。そこには愚直な響きがある。
しかし,「あなたは職人であって詩人ではありませんネ」と言われて,
喜ぶ指揮者がいるものでしょうか。
「カラヤンは職人であって詩人ではなかった。だから大衆に受け入れられたのだ。」
と言われれば,アンチカラヤンの私は納得してしまいますが…
0270Klaus Schlegel User
2008/06/26(木) 09:55:26ID:z1V0IROP丁寧なレスありがとうございます。
ご指摘の点ですが、カラヤンが大衆に受け入れられた背景は、以前に私が
>>80
>>81
で指摘した(特に>>81)点にその理由があるのではないかと思っています。
「詩人」のスタイルも「職人」のスタイルも既に受け入れられる土壌があり、
その情勢の中でカラヤンが自らのポジションを確立していったという仮説です。
カラヤン自身がそれを目標としていたと明言しており、見事に達成したと思われます。
したがって「職人的でありながら詩人の感性もおありなんですネ」などと言われれば、
カラヤンも大喜びするのではないでしょうか。
0271256
2008/06/26(木) 09:59:57ID:SZldkbydいい作品、演奏にあまり先入観にとらわれずにふれるということを言いたいのですよ。
もちろん、そこから好き嫌いは生まれるでしょうが、かといって嫌いなものをうけつけない、バッサリ切るのかと。
なんでこういうことをやるのか、と考えるのもまた楽し。
私もカラヤンはそんなに好きでもないですよ
0272名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 11:14:40ID:40WJd7YMあなたと黒ビールでも傾けながら,ドイツにいらした話を直接伺えたら,
きっと時が経つのも忘れるほど楽しいだろうな,と思います。
私はチャイコフスキーの四番を聴くと,カラヤンとフルトヴェングラーは
似た解釈をしていると思います。いわゆるドイツ的なスタイルなんでしょうか。
(私はドイツ流のチャイコフスキーの交響曲はあまり好きではないのですが)
その第一楽章で,弦が上へ下へ大忙しなところに,
金管が冒頭の主題を再現する箇所があります。
これがフルトヴェングラーだと,ストリングスは大変ドラマチックなのに,
金管はとても淡々と抑制をきかせて吹いていて,
ナチスの冷酷な執政官の下で,混乱する市民たちというのはこんな感じだったのかもな,
などと想像してしまいます。
カラヤンの場合は隅々までくっきり鳴っていて,推進力もあり,
パッと聴いた瞬間はすごいと思うのですが,どうも訴えかけてくるものがありません。
しかし,奏者の立場であれば「自分はこんなに鳴るのか。同僚と響きあうのか」と,
そこに感動する場合もあるのでしょう。
>>271
なるほど。同感です。聴かず嫌いは馬鹿馬鹿しいですね。
0273名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 11:39:04ID:MzaiK9IMウィーンフィル
1) (と)喧嘩別れした
2) (からの)招聘を断った
3) (から)有名なのに一度も招聘されなかった
のどれかのエピソードをもっているかどうかが参考になろう
0274名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 12:38:23ID:s6US5MJc0275名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 14:40:50ID:cuAvpFqwでも正直、複雑な気持ちになることがあるよ。
確かにスコア見ないで聴いても美しいし楽しめるんだけどね。
でもスコア見て聞くと「ああ、そうだったのか!そういうことだったか」と感嘆する。
なにしろ芸が細かい。スコアにかなり忠実だけど微調整が見事で、神経が行き届いてる感じ。
はっきりいってスコアをかなり研究してるんだろうと想像するね(想像だけで自分はムリ)。
あれがただ美しいだけだと思っていた頃には、恥ずかしながら気づかなかった。
(誰とはいわないけど)他の指揮者の演奏でスコア見たら「なんだこれ?」とマジで思った。
みんな何でこんなに褒めるの?騙されてるとしか思えん、なんてね。
カラヤンの聴くと、きちんとはじめのテンポに戻るべきところでは戻ってるし。
ダイナミクスやアゴーギグなんて、さりげないけど自然にやってる。
「流麗さだけを追求して」なんて批判する奴は、たぶんスコアも見てないし勉強もしてない。
世間で「深い精神性」だとか「スコアを深く徹底的に読みこんで」って宣伝してる指揮者ね。
あれ、根拠あるの?まさか指揮者が自分で言ってるの?
それとも、それ以上に読譜力や理解力がある評論家の意見なの?(ってかそんな奴いるの?)
他人を「深い」とかなんとか言うの、自分の無知やゴーマンさらけ出してるみたいじゃない?
まあ、クラの世界に限らんけどさ。
0276名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 15:54:30ID:FBJhFgsM心の奥底から湧き出るようなもの狂おしい感動は、彼の演奏からは得られない。スコアに忠実であろうが耳が
よかろうが、生で聴いてさえ感動を与えてくれなかったカラヤンは、しょせんは指揮者の卵の教材としての価値
しか認められない。
晩年までフルトヴェングラーを意識していたというが、それこそが、カラヤンがフルトヴェングラーを越えられない
壁として認識していた証拠ではないか。重ねて言うが、感動を与えられない芸術家は芸術家とは言えない。
彼は、ビジネスセンスと権力欲と策謀は人並み以上だった。だからこそ強引にベルリン・フィルの指揮者となり、
ベームをウィーンから追い出し、スカラ座やパリでも権勢をふるうことができたのだ。ビジネスマンとしての力量
ならば、カラヤンは間違いなく偉大と言ってもよいだろう。
0277名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 16:17:28ID:s6US5MJc>心の奥底から湧き出るようなもの狂おしい感動は、
そういう感覚自体がインチキ。
聞き手が自分に酔うのが日本のクラシック音楽なんだよね。
0279名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 16:31:13ID:DAJplA57自分の首を絞めてるだけじゃんwww
0280名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 16:42:51ID:XMpen7FL0281名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 16:43:46ID:SZldkbydそこにのっかって叩いてる奴は、あんまし頭がよくないと思う。
0282名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 16:46:35ID:cuAvpFqw前半の感想については、もちろん個人的な意見だから反論しようが無いけど…。
後半のビジネスセンスや権力欲、策謀うんぬんについてはきっと逆の見方もあるでしょ。
この辺はたぶん詳しい人が反論すると思うから僕は何も言わないけどさ。
(狂おしい感動ばかりがいいわけじゃないけど)カラヤンでしか得られなかった感動はあるよ。
リヒャルト・シュトラウスの「死と変容」は、ほんと見事だった。
あれは70年代のDGの録音でも、晩年のDVDでも、胸を締め付けるようで泣けた(本当に)。
「心の奥底から湧き出るような」感動だったな。
ベートーヴェンの「田園」もよかった。もちろん晩年のやつね(CDもDVDも)。
あと、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲。これがもう、すごいのなんのって(笑)。
特に晩年の演奏は、まるで日の光を浴びるような素晴らしさだったよ!
他にも色々あるんだけど、僕はそれが単に演奏が美しかったりスコアに忠実だったからでは
なかったんじゃないかと(スコア見ながらでも)思うんだよね。
そりゃ、カラヤンが狂おしく指揮してるわけじゃないさ。あれは醒めてるよ、ほぼ完全に。
でも音楽は僕の中に入り込んできた。大きな感動も生じた。
指揮者が熱狂的じゃないと名演でないなんてことない。やっぱ勝負は音楽そのものでしょ。
ウォームハート&クールヘッド。芸事は一般になんでもそういうものなんじゃないの?
0283名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 16:50:58ID:kAOQDKvW彼の人気を支えた一般大衆のほとんどは音楽理論を学んだこともなければ楽譜もよめないはずだから。
>>277のような考え方が日本はもとより欧米においてすら大衆のクラシック離れを壊滅的に促進させた最大の元凶。
絵画であれ音楽であれ予備知識がなくとも心を揺り動かすものこそが真の芸術であり娯楽。
知識や薀蓄とはその感動をより深めるための追加装備にすぎないし、またそうあるべきもの。本末転倒もはなはだしい。
0284名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 17:05:50ID:cuAvpFqwフルトヴェングラーとカラヤンを対立の構図で語ろうとするところじゃない?
ずっと前のスレでも言ってる人がいたけど、タイプが違うだけでどっちも凄いじゃん。
カラヤンがフルトヴェングラーの後継者だったんでしょ、ベルリンでは。
言い方が変かもしれんけど集団として同じ「楽器」でしょ。ベルリンフィルハーモニー管弦楽団って。
この最高級の楽器を占有できる立場に立てる(立たされる)演奏家であることは、凄いことじゃないの?
0285名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 17:09:13ID:SZldkbyd文章を見た記憶がある。
クラシック音楽の評論家の仕事というのはこういう文章を書くことなのかな?
この手の人がわかりやすい楽曲解説をするのを読んだことないんだけど、
クラシックってのは作品が先にあって演奏家がある音楽なのだから、
作品について、読み手にわかりやすく書けないといかんよね。
0286名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 17:35:21ID:cuAvpFqw賛成。音楽に対する感動について音楽理論は必須ではないと僕も思うよ。
フルトヴェングラーもカラヤンも、彼らの人気を支えたのは一般大衆だったし。
0287名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 17:52:04ID:bRiUD9+t彼らの仕事は、老人や死人を巨匠に祭り上げて販売促進をすすめることですよ。
そのためにも同時代の大巨匠だったカラヤンを引き合いに叩くのです。
0288名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 18:54:21ID:Y351+a5d私がそうでした。
私は天邪鬼なので皆がいいと言うものは避けるタイプなのでカラヤンも聴かずいました。
ところがひょんなことから84年の来日公演を聴いて感激し、それからいろいろ録音を集め出しました。
最後の来日はチケットがどうしても手に入らずFMの中継にかじりつきました。
天邪鬼のくせに当初からフルトベングラーは聴いていたのはある評論家の影響でした。
カラヤンを避けたのもその人の影響でした。
まぁ勉強になった部分もありましたが自分の主体性のなさにあとで呆れました。
0289名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 19:04:21ID:y8LIxUJl本当にかなりの食わず嫌いじゃなきゃ指揮者を比較出来る程度には
聴いてるんじゃない?
0290名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 19:28:57ID:wtDvm6J6指揮者が聴衆よりも先に感動して熱狂してトンデモナイ指揮をし出したら、確かに
聴いているこちらは萎えるわな。
0291名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 19:30:54ID:GLf9iB0Aカラヤンがウィーンからベームを追い出したの?
そうだっけ?
策略というがニキシュの後任と思われていたワルターからベルリンフィルをものにしたのが他ならぬフルヴェン。
大体名門のオケを牛耳るのに才能あるけど駆け引き的にボンボンじゃどうしようもない。
今と時代も違うし。
それとビジネスセンスだけでカラヤンがここまでやってこれたみたいな言い方も要注意。
音楽的裏付けがないと無理くらいわかるだろう。
あの世界そんなに甘いもんじゃないだろうよ。
0292名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 19:41:54ID:wtDvm6J6確かに、1960年代のカラヤンの演奏はいいと思うものがあるんだよね。
個人的には、パリ管と入れたフランクの交響曲とか、60年代初めにBPOと録音した
ベートーヴェン交響曲全集とかね。
ただ、70年代に入ると、なぜかつまらなくなるんだよなあ。特に70年代のベートーヴェン
全集でよいと思ったのは1・5・8・9だけだった。モーツァルトの後期交響曲集は、ちと勘弁してくれと思った。
70年代から急に演奏スタイルが変わった気がする。
0293名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 19:42:30ID:xSPdQVbw>>276はどうせ、Uとかいう厚顔無恥なホラ吹きが、したり顔で書いた記事を鵜呑みにしてるんでしょw
0294名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 19:48:42ID:SZldkbyd0295名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 19:51:46ID:DAJplA57あんなベト全、カラヤン以外には振れない。
まぁ各人の好みってこった。
0296名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 20:19:58ID:wtDvm6J60297名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 21:07:26ID:RgVyLBAr0298名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 22:55:23ID:Vlp+jZjp音楽的才能やその他諸々の能力がなければ楽員はついてこないだろうし。
0299名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 23:07:54ID:OnseWnu50300名無しの笛の踊り
2008/06/26(木) 23:34:52ID:g+5KwZxA0301Klaus Schlegel User
2008/06/26(木) 23:56:52ID:8TLsi2/a最近の音楽業界には、ある種の「いかがわしさ」がほとんど無自覚に存在します。
音楽を通じての人類愛や平和を唱えたり、世界共通言語だなどと夢想を語ります。
それらのキャッチフレーズを利用してビジネスで大儲けする輩が寄生しています。
多くの「音楽家」達がそれに踊らされて世界の檜舞台に立ち親善大使を語ります。
そのやり方はとても巧妙で私たちは簡単には詐欺にあっているとは気づきません。
世間ではカラヤンがビジネスセンスを最大に発揮して成功したと言われています。
それは、上述した「いかがわしさ」とは無縁の「勤勉さ」と「品質」の賜物です。
80歳にもなってウィーンフィルの最初で最後のニューイヤーコンサートに出て、
第2次世界大戦を体験した経験から「平和、平和、そして平和」と言うのみです。
「美音ばかり追求する」とか「音をピカピカに磨く」と批判されても言い訳せず、
多くの指揮者が自分の音楽や解釈を言葉で「語る」ような恥知らずな自己弁護は、
カラヤンはしようとはしませんでした。
「何も言うな。口を閉じて仕事をしろ。私はそう自分に言い聞かせてきました。」(カラヤン)
0302T
2008/06/27(金) 00:32:16ID:xXJOc5I9当たり前のように「精神性」を文章の上で連呼している当人でさえ、
きちんと説明できる上で使っているのではない例が多いのではないだろうか。
しかし、分かったつもりではあるのだ。
分かったつもりなのに安易に「精神性」という語句を使ってしまう。
言い換えれば安易に分かったつもりになるという錯誤を犯すのは、
精神性というのは目に見えない、表面には表れないからだ。
逆説的に言えば、表面には出てこないもの=精神性とも言えるかもしれない。
精神性の対義語として便宜上「表象性」という言葉を用いさせてもらう。
表象性とは作品や演奏そのもの自体が鑑賞者に関係なく伝えてくる情報だ。
つまり、明るい色、絶妙な明暗のコントラスト、美しい音、精緻なアンサンブル・・・
それに対し、精神性はそのままでは存在がつかめない。
その存在証明は鑑賞者自身の側から作品や演奏に問いかけ、求めることによって得られる。
つまり、鑑賞者がより深いものを、作品や演奏に求めれば、それにどれだけ応えてくれるのか・・・
というのが精神性なのだ。
その問いかけは必ずしも意識的なものとは限らない。むしろ無意識のうちに行われる。
「音楽を聞いて感動を得たい」「音楽に求めるもの=時間の質を変える感動」
音楽を聞くことに悦びを見いだす思いが自然に音楽に対する聞き手からのアプローチを生むのだ。
0303U
2008/06/27(金) 00:33:06ID:xXJOc5I9だが一方で、ポピュラーミュージックなどと違い、非常に高い永遠性を持つ。
ポピュラーミュージクが、ごく一部の例外を除き、
ごく短いブームの輝きをもって忘れ去られていくのとは対照的に、
クラシック音楽は大衆的な人気を得ることはなくても、ずっと同じ名曲が「選ばれた」人々の心をつかんできた。
それはポピュラーミュージックがその時々の趣向に合わせて作られているのとは対照的に
クラシック音楽はその本質に人間の根源、本質を追求するものを持っているからではないか
つまり、クラシック音楽はそもそも深いものなのだ。
ゆえにその演奏に携わる者には、人間の人生、喜び、悲しみを投影する意気と覚悟がなければならない。
楽譜に書かれてある音をいかに美しく鳴らすか、いかに完璧に鳴らすかという
カラヤンのアプローチは「音を生み出す職人」という意味では一つの頂点には違いないが、
そこには私の魂に響く音楽は見つけられない。
0304V
2008/06/27(金) 00:34:58ID:xXJOc5I9大作曲家たちの楽曲は色々な花の種子だ。
人を愛し、音楽を愛し、そしてそれらに対し誠実である演奏家ならば
草原の花畑のような音楽を奏でるであろう。
人に厳しく、自分にはより厳しく、音楽に対し精進することに徹している演奏家ならば、高峰の過酷な自然に耐えながら小さくも美しい花を咲かせる高山植物のような音楽を奏でるだろう。
しかし、不勉強で怠惰で、他人にはきつく自分には甘い人ならば、
美しい花を咲かせることはかなうまい。
カラヤンの場合は、荒野や砂漠という印象は受けない。
むしろ花が咲き乱れている。が・・・
サボテンも生えない荒野に巨大なドーム型プラントを建設し、
そこに豊かな土壌を運び込み、人工的にパイプで水を送ってきて花々で埋め尽くしている・・・・・・
という違和感バリバリの印象なのだ。
0305Klaus Schlegel User
2008/06/27(金) 01:09:23ID:fxhq0HAW>>303
>>304
カラヤンの演奏に対するアプローチについて、未だに誤解が解けていないのが残念です。
カラヤンは譜面を「美しく」「完璧に」鳴らすことを目指しているわけではありません。
「美しく」「完璧に」鳴らせるのはベルリンフィルハーモニー管弦楽団の演奏技術です。
カラヤンが心がけていたことは「自発的に何かをしようとしているものの邪魔をしない」
ことであって、限りなく自然で躍動感あふれる演奏でありながら名人芸的であるという、
余人の及ぶところではない結果をもたらしているだけなのです。まさに「職人的」です。
その「職人的」完成度の高さを「人工的」と呼ぶのは芸術というものに対する侮辱です。
見事な「職人技」によって精妙にカットされたダイアモンドをみて「人工的」と批判し、
「ダイアモンドは原石に限る」と言って、ゴツゴツした岩を眺めて悦に浸るのに等しい。
「クラシック」や「精神性」を語る前に「芸術」についてもう少し真剣に学んでください。
0306Klaus Schlegel User
2008/06/27(金) 01:48:44ID:fxhq0HAW次の事実が自明でない方のために、若干補足説明をします。
ヨーロッパ(特に独墺系)では、「芸術家」というものは、
作曲家であれ、演奏家であれ、画家であれ、建築家であれ、
徒弟制度に基づく「職人」であり、その体現者については、
マイスター(親方)と呼び、「職人技」に敬意を表します。
カペルマイスター
コンツェルトマイスター(=コンサートマスター)など
「芸術」は「技芸」でもあり、「天職」でもあるわけです。
それを知らないと、とんでもない勘違いをしてしまいます。
極端に言えば「詩人」すら「職人」と見ることが可能です。
「詩」を「職人技」とらえる考え方は、確かに存在します。
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を見てください。
0307名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 01:54:09ID:xXJOc5I9非常に厄介なことは、私が「精神性」を語ろうと、貴殿が「最高の芸術」を語ろうと、
精神性も最高の芸術も非常に曖昧であることです。
分かりやすく言えば、一人一人、同じ演奏を聞いても感じることは違うだろうし、
あなたが素晴らしいと思う芸術を私が酷評することも、またその逆もあるのです。
ところで私がカラヤンの何を最も忌み嫌うのか?
それはカラヤンの演奏そのものではないのでしょう。
私がもっとも嫌悪するのは、カラヤンを「史上最高の指揮者」と持ち上げる輩が非常に多いことです。
メディア、業界が彼を史上最高の指揮者として扱い、それの惑わされるバカな消費者が多いことです。
(色々聞いたけど、それでもカラヤン最高!という人は立派なクラシック愛好家であり、そういう人は構わない)
カラヤンは、最高の指揮者かもしれません。
しかし、他を凌駕して最高でしょうか?
誰もが彼の魅力の虜とならなけねばならないのでしょうか?
彼の音楽に誰もかも惹きつけるだけの度量があるでしょうか?
少なくとも彼は「最高の中の一人」One of the best でしかありません。
他の彼と同等、あるいはそれ以上の力量のある指揮者を差し置いて
カラヤンだけを賞賛することは、商業的には正統的な戦術でしょうが、
紛れもない芸術への冒涜です。
また、新しくクラシック音楽の世界に入ろうとする人たちを惑わすことでもあります!
恐らく、カラヤンの演奏が、変な色づけもなく評価されたとすれば、
芳醇なサウンドとレガートを強調させる個性的だが華のある演奏家とでも評価されたのではないでしょうか?
(メンゲルベルクのようなポジション?)
それなら、私は今とは逆に
「何か違うような気がするけど、そういうのもありか」
と評価していたのでしょう。
0308Klaus Schlegel User
2008/06/27(金) 02:34:49ID:fxhq0HAW>>307
お気持ち察します。あなたが忌み嫌っているのは、私にとっても敵です。
しかも貴殿も演奏そのものは忌み嫌っていないと言われた。すばらしい!
カラヤンが最高かどうかは別ですが信頼に足る仕事をした「職人」です。
その他にも多くの立派な「音楽職人」がいたことは間違いないでしょう。
しかし誤解が解けておらず、理解されていない領域があるのも事実です。
対抗馬として引き合いに出される指揮者もきちんと評価されていません。
カラヤンだけを賞賛する「商業的」な胡散臭さが諸悪の根源だとしても、
演奏の価値が損なわれるわけではなく、演奏を避ける必要もありません。
「売れっ子」であることを嫌う理由にするのはやめてしまいましょうよ!
それこそ、胡散臭い集団の力学に影響を受けていることになりませんか?
0309名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 03:06:03ID:Q8Cu6BSa本気で感銘を受けました。
0310名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 07:52:53ID:ovrV9k9Q貴殿のおっしゃる事はほぼ同意なのですが、
>クラシック音楽は大衆的な人気を得ることはなくても、ずっと同じ名曲が「選ばれた」人々の心をつかんできた。
この選民主義的発言はどうかと思います。
2ちゃんねるの音楽板の中でも特に低俗な書き込みが多いクラ板。
とても「選ばれた」人々だとは思えませんが・・・
0311名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 07:56:31ID:A+HGERRY0312名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 08:51:53ID:L6vqEemDファンもアンチも多く、没後20年になろうとしているのに、
まだ祭りは続いてる・・・。大物の証明か?
0313名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 09:16:29ID:XuuqqZZz0314名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 09:41:02ID:Gtxi6QGi0315名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 09:59:43ID:XuuqqZZz0316名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 10:08:41ID:5HdK4ux70317名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 16:00:46ID:YZXI8QSe音楽家にとって精神と肉体は分かちがたい部分があるから,
「物質」を対義語として考えてみる。
『(フルトヴェングラーは)オーケストラでいいレコードをつくるためには、
「極端なニュアンスや、本格的なフォルティッシモやピアニッシモは、
極力これを避けねばならない」と具体的に指摘し、テンポについても、
「きわめて緩慢なテンポはややもすれば退屈で気抜けしたものとなり、
きわめて速いテンポは騒々しく不明瞭なものになりがち」だし、休止と
総休止もできるだけ控え目にすべきだと分析している。実に、よく分析し
理解しているのである。(中略)
カラヤンはこのレコードという新しいメディアの特質を見抜き、どうすれば
「いい演奏」として録音されるかをすぐに会得した。音の鮮明さと、正確さ、
そして美しさが必要であることをすぐに理解した。そして、そういう演奏を
することがカラヤンにはできた。
(中略)自分にはこうはできない。フルトヴェングラーは焦った。
生の演奏では絶対的な自身があった。しかし、残るのは、レコードのほうだ。
そのレコードにおいて、自分はどうも劣っているのではないか。』
(幻冬舎新書『カラヤンとフルトヴェングラー』中川右介著)
この箇所の中川右介氏の批評には,なるほどその通りだと思った。
0318名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 16:01:22ID:YZXI8QSeカラヤンが、録音装置がまだ貧しい機能しか持たない時代から、
いかに美しく音が入るかを考えて演奏していた(録音していた)、
と考えるのは不自然なことではない。
カラヤンの美音が、「機械(物質)」を強く意識して作られたものだと考えれば、
そこに「精神」が欠けて聴こえるという評はあながち的外れではないと思う。
CDの収録時間のエピソードに限らず、カラヤンの存在が、
記録媒体の発達に大きく貢献し、それはまた、かつての貧乏楽士たちに、
大きな収入をもたらした。活躍の場が増え,皆の収入が上がっていくときに、
おおっぴらにカラヤンの音楽に反対する楽団員は少数派だろう。
かくてカラヤンの音楽には「精神性」が欠けていて、ビジネスの匂いが強すぎる、
という評がつきまとうことになる。それはそんなに外れていないのではないか。
0319名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 16:07:22ID:XuuqqZZz0320名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 17:06:26ID:/2sR1pLC>>318
カラヤンが録音に非常に熱心だったのは何故なの?
また例によって「金儲け」が目的だって話ですか?
金が儲かるから彼を音楽監督に雇ったっていう話?
ベルリンフィルは金儲けが目的の団体なんですか?
いい加減にしなさいよ!フルヴェンで貧乏したの?
楽団員は金の亡者なの?あんた一体何がわかるの?
0321名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 17:17:52ID:Gtxi6QGi0322名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 17:27:05ID:ovrV9k9Qいや、カラヤンが録音に熱心だったのは多分に金儲けが目的だ。
エリエッテ夫人に「たくさんレコードを作ってもらって稼いでもらわなくては。」
とハッパをかけられる亭主カラヤンの映像も残っていることだし。
0323名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 18:23:48ID:/2sR1pLCそんなの世間一般に亭主が嫁さんにやかましく言われていることと何も変わらんよ。
仲良しカラヤン一家だったら、どう考えたって軽い冗談だろ。既に大金持ちだし…。
その程度の小話を「金儲けが目的」だっていうの?オイオイ…。あんた飛躍しすぎ!
0324名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 18:50:16ID:XuuqqZZz0325名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 19:20:19ID:ovrV9k9Q大金持ちの冗談だからゾッとする。
お前らはまだ金が欲しいのか。と。
まあ人間、3億円の宝くじに当たるともう3億円欲しくなるっていうからな。
0326名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 19:48:44ID:Gtxi6QGi0327名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 19:51:39ID:Pr9Z5eem儲けてどこが悪い?
だったらアマチュア団体聞いてればいいんだよ。
0328名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 20:02:16ID:Gtxi6QGi変態で浪費家で貴族の金ンで作曲してた奴の作品に精神性が宿っているのか否かという、くだらない話になる。
0329名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 20:25:08ID:/2sR1pLCなんなのかねえ、まったく・・・。
要するに「音楽」じゃなくてカラヤンという「人」が嫌いなんだろ?
カッコつけてるとか、気取ってるとか、金持ちだとかなんとか。
世間では「ひがみ」っていうんだよ、そういうの。
0330名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 20:53:52ID:xeKATW1h好き嫌いの域を出ない
0331名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 21:30:30ID:ovrV9k9Qカラヤンの話題ができるんなんて幸せだ。
日本人はびっくりするくらい文化芸術に無理解だ。
目先の快楽だけ追いかけて生活している人がなんと多い事か。
今日それを思い知って暗澹たる気持ちになった。
0332名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 22:08:27ID:6o/ZgfI5例えばトスカニーニだって物凄い金持ちだった。けどナチから逃げてきた音楽家の支援をしたり、スカラ座の再建を支援したりしている。金がなくてはできないよ
0333BENTEN
2008/06/27(金) 22:11:46ID:MWxkTi0I0334名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 22:22:14ID:pyU3SleS0335名無しの笛の踊り
2008/06/27(金) 22:27:35ID:wBxyKz1Qやはり金の使い方はイメージに影響するね
0336名無しの笛の踊り
2008/06/28(土) 01:45:59ID:7Ikz0BgA0337名無しの笛の踊り
2008/06/28(土) 04:04:31ID:nLFsnEb9EMI初期にはレッグの力を借り、レッグを見捨ててあるユダヤ人商売人に
ついていって、儲けさせてもらったのだろう。そいつは世界の演奏者のほとんどを
傘下に収めで隆盛を誇ったそうじゃないか。もう死んでいるだろうけど、そいつの
作った会社はいまだに健在で、相変わらずクラ音楽界を牛耳っているっていうし…。
0338名無しの笛の踊り
2008/06/28(土) 06:27:44ID:+VW0KChC0339名無しの笛の踊り
2008/06/28(土) 06:49:35ID:Rx9lJ0yX0340名無しの笛の踊り
2008/06/28(土) 07:16:57ID:5yX0YyhO0341名無しの笛の踊り
2008/06/28(土) 09:51:32ID:qvE4nqp3ここで質問!
カラヤンの演奏を、50年代、60年代、70年代、80年代に分けたとして、
どの年代の演奏が好き?
0342名無しの笛の踊り
2008/06/28(土) 10:10:21ID:5yX0YyhO0343名無しの笛の踊り
2008/06/28(土) 10:18:49ID:lu5cR+t10344名無しの笛の踊り
2008/06/28(土) 11:24:32ID:rimKrcI9その彼が「あの男K」と呼び嫌っている(つまり認めている)カラヤンという
話題の両シェフで売り出したのだが、途中から「同じKだから構わんだろ」と
2流のシェフを密かに偽装登用、その粗製濫造で閉店の憂き目に会った。
さてレッグによる割烹閉店後も、偽装の旨みを知った労働組合は(ry
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