自分の死後自分が忘れられないために莫大な金を使ったカラヤン。
今のところ、その作戦は功を奏し一部の熱狂的なカラヲタを生んだが
カラヤンと同世代に生き、カラヤンの生演奏を何回も聴いた経験から
すれば「えっ?カラヤンってそんなに凄い指揮者だったの?」という
感覚から抜け出せない。カラヤンは管弦楽がキラキラと美しく響き
フォルテでは馬鹿でかい音をだした。旋律線はレガートで装飾され
リズムは早く颯爽と爽快だった。しかし、しかしである。
ただ表面だけをピカピカに磨いていただけの音楽ではないか?
曲にひそむ深さとか凄さとか面白さとかは全然提示することなく、
すべてカラヤン節。そこには曲に対する尊敬も畏敬の念もない。
若い世代のカラヤン好きを認識の上 ここに 一応の決着を付けよう
ではないか。言いにくい事も多々あると思うが。