バッハのイタリア協奏曲を悪趣味に編曲すればああいう感じになるだろうけど、
それでも旋律的要素や和声にはやはりバッハの原曲は残るだろう。そういう程度に
おいてアルビノー二を伝えてると考えれば済む話ではないか。それに曲自体に
魅力がなければ人口に膾炙せんだろ。それが一音楽研究家の頭だけで可能な仕事
とは思えない。やはり少しはアルビノーニ本人の要素も入っているはずだ。