>>27
>真実(イデア)にいたる方法が2つあったらまずい
>のか? だけど、まずいんだろうな、2つあると。

政治力学的に見ると芸術はカオス的潜在勢力を産み出すね。
あるいはそうした勢力が芸術に英雄を見出す。
そのいっぽうで顕在的な政治勢力は理知的言語を利用する。
言語レベルで大雑把に分ければ前者は詩であり後者は哲学となる。
で両者が弁証法的かつ力動的に関与して発展してきたというのが哲学的な歴史の見方だ。
なぜなら歴史観もまた哲学であって詩ではないからだ。
詩はある意味で歴史をすっとばし時代を超えて共感を作ってしまう。
それが必要なときもある。建国や革命に詩は不可欠だ。
フランス革命のときには哲学者が目立ったが
これは敵がカトリックと王政だったからだ。
哲学者が既成権力を倒し(革命)
その後の混沌を詩人がまとめたとも言える(共和制)。
まあそううまくはいかなくてごたごたしたのだが。
歴史観はつねに哲学者の視点から作られるのだが詩人の役割も捨てたものではないね。