>この前も、ヨーロッパ人から、日本は歴史も長く高度な文明も持っているのに、
>なぜ日本発の本当にオリジナリティのある哲学がほとんどないのかと尋ねられて
>返答に困ったよ

 うん、でも白人さんはオリジナリティーにこだわりすぎじゃないか、て思うこともある。
良くも悪くもドグマが強いっていうか。自分達の利害に直接関係しないチベット問題に敏
感に反応して、フランスあたりで北京オリンピックの聖火リレーを盛んに妨害してたのは、
確かにえらいのかもしれないけど、イラクに強引に民主政治とやらを持ち込んで泥沼の流血
を平気で引き起こすのと、そのメンタリティーには共通する部分があるように見える。

 日本については、「見えやすいオリジナリティーが無いという、特殊なオリジナリティー」
とか「特撮・マンガ・アニメ・カップ麺・カラオケなどに代表される、B級とされる分野に
注目してもっとオリジナリティーを探してみたら?」とか、
「そもそも哲学というロジカルな方法でなく、わびさびみたいな生活密着型の美意識として
何かを表出するのが日本」とか・・・。今頭に浮かぶのはそのくらいかな。

 昔プラトンをちょっと読んだとき「自然はイデアの模造であり、芸術はその自然の更なる
模造に過ぎない。ゆえに価値が無い」と書いていたけど、アホかと思った。完全に自分のイ
デア説にとらわれちゃってる。なぜ「イデアを理性(論理)で捉えるのが哲学だが、感性で鷲
掴みにするのが芸術だ」と考えないのか。真実(イデア)にいたる方法が2つあったらまずい
のか? だけど、まずいんだろうな、2つあると。もやもやしてると。それに西洋的な哲学
だと「証明済み」とされたものを疑っちゃいけない、という数学みたいなやり方なんだろう。
論理優先なら当然そうなる。だから一度正しいとしたイデア論を洗いなおそうとしない。

 そのくせプラトンは「誰か芸術は優れていると証明してくれないだろうか。自分だって芸
術から出発したのだ。好きなんだ」みたいなことも書いていた。白人さんの陥りやすい悲し
みだあね。

 プラトンの話はうろ覚えなので、ほんとにそう書いてあったか保障はできない。でも、西
洋哲学のナンタルカを良くあらわしているように思うのだ。