味わう音楽評「吉田秀和展」
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20081028bk07.htm
 「ヨシダヒデカズという遠い昔の知らない日本人の足跡を見せられた感じです」
そう語るのは、鎌倉市長谷(はせ)の鎌倉文学館で開かれている企画展
「吉田秀和―音楽を言葉に」を見た音楽評論家の吉田秀和さん(95)その人だ。
 会場には自身も忘れていたという古い写真が展示されている。
ベビー服を着た生後間もない赤ちゃん、ピアノを始めたばかりのイガグリ頭の男の子、
詩人中原中也にフランス語を習って東大に入学したロイド眼鏡の青年……。
 企画展は住んでいる神奈川県鎌倉市から名誉市民の称号を贈られたことを記念した
もので、半世紀以上にわたってクラシック評論を書き続けてきた吉田さんの軌跡が、
コンパクトな展示にまとめられている。展示されていた北海道小樽市の中学校時代の
成績表が目を引いた。体操と図工だけは苦手だったことがわかってほほえましい。
 4日のオープニングであいさつした作家、丸谷才一さん(83)は、親しみやすく
味わいのある文章が「戦後日本にクラシック愛好家の大群を生み出した」と功績をたたえた。
 吉田さんは「もう十分働いたので、あとはのんびり生きていたい」と話すが、いまも
「レコード芸術」誌などに毎月連載を抱え、その柔和な語り口と鋭い批評精神は健在だ。
文芸誌「すばる」に連載中の「永遠の故郷」は、在りし日の思い出と音楽が
混然一体となったエッセー。そこには人生の美しい残照がある。
 吉田さんは当日集まった人たちを前に、こう締めくくった。
「ぼくは過去に何人もいたヨシダヒデカズの最後の生き残り。
どうか残りわずかの時間、お付き合いください」
 展示は12月14日まで。(松本良一)