でも、そういう音楽への態度というのは、一生音楽の「お客さん」でしか
あり得ないでしょうね。まあ、上客扱いしてもらえればいいかもしれないが。

たとえば、カザルスという音楽家について考えることは、きっかけからして
損失しているわけです。レントヘン(2番)、プフィッツナー(2番)、そして今回の
グラズノフと、世紀の偉大な演奏家とされているカザルスのために20世紀前半に
書かれた音楽は、どれも一見時代遅れの「ロマン」的な音楽です。

明らかに、これは作曲家たちとカザルスとが、時代の流行を理解したうえで、
ある種の確信に満ちて創作した一連のレパートリーなんですよ。
それを、「老人の繰り言の連続」としか見なせない、痩せた感性が哀しい。

あなたがたが購入する日本語文献のどこにも、こんなことは書かれていないでしょう。
だから、評論も含めた音楽の消費者という姿勢でいる限り、能動的に音楽に向かっていかない限り、
どうしようもなく出会えない音楽、なんですよね。哀しい。