>>577
>ポスト・カラヤンのときには現代音楽がレパートリーかなんて
>ことさら問題にもならなかったが
そうだろうか。おいらは、アバドが企画したウィーン・モデルンが
けっこう大きな意味を持っていたんじゃないか、という気がするが。

サイモン・ラトルに関しても、ウィーンでバーミンガムを引き連れてやった
メシアン「クロノクロミー」&シュトックハウゼン「グルッペン」(観客に
席を替えて聞かせるために2度演奏された)の演奏会の成功が
かなり大きかったんじゃないか。