カラヤンにはフルトヴェングラーのような本質直観力が乏しい。
曲の核心を突くのではなく、曲の表層を洗練するだけだった。
フルトヴェングラーが宗教家だとしたら、カラヤンはメイクアップ
アーチストだ。