カラヤンを否定することで本物志向を演出したい似非マニアと共通するものを感じるな。
「詰まらん演奏も多いなかで21世紀の今聴いても光るものがあったのはこのディスク」、みたいな評論の方がどんだけ価値があるか。
無意味に人を不快にさせるコラムなど自分の日記に書いてろ、といいたい。