ボッケリーニはこの頃ハイドンに傾倒していて、アルタリア社を通して
コンタクトを取っている。
一見古めかしい作品35の交響曲集もハイドンの影響が強いとされるし
「ロシア四重奏曲」を知ったときは目から鱗だったのではないか?
つー事で自分の作曲法に自信がなくなって断筆してたのかも。

もしくはパトロンのドン・ルイス皇子が病に臥せてたか