>>340
モーツァルトの真実の姿など俺にはわからん。

ただ、自分としては「アマデウス」の下劣なモーツァルト像にこそ多くの真実を見出す。

バッハは神のために音楽を書いた。
ブルックナーは神に対する偏愛とでもいうべき崇敬をもとに音楽を書いた。
ベートーヴェンの才能は神から与えられたものなのだろう。

しかし、彼らの音楽から浮かび上がるのは、神の偉大さではない。
彼ら自身の偉大さ、ひいては人間の成せる業の偉大さだ。
彼ら立派な作曲家の中には通常ではありえない偏狂な行為に及ぶ者もあったが、
こと音楽に関しては大変な努力をし、誠実だった。

俺はふと思うのだ。
神は音楽を通じて自らの偉大な存在を人間たちに知らしめようとしたのではないか?
しかし、神自身との介在役となるべき作曲家が立派な、偉大な人物であれば
人間たちの崇敬は神ではなく、その作曲家に向けられるであろう。
神が適任とする人物は下劣で愚かでなければならなかった・・・!

・・・そして選ばれたのがモーツァルトだったのではないか