>>164

シベリウスがカラヤンやオーマンディの演奏を聴いて喜んだことをもって、
彼らの演奏をシベリウス自身が「シベリウス的」だと、
すなわち「自分の曲の理想的な演奏」だと見なしていた、としてしまうと、
それはそれで疑問の余地はあるんだろう。
(ま、>>164氏もそのあたりは慎重な書き方をしているので、言わずもがなだとは思うが。)

シベリウスが喜んだのは、カラヤンやオーマンディが
自分の曲を心から理解してくれていると感じたから、というよりも、
世界一流の演奏技術を有するプレーヤーたちが、しかも大編成のオケで演奏してくれた、
そのことに対しての感謝、という意味合いが最も大きいような気がする。

もちろんうかつに「シベリウス的」とか「フィンランドっぽい」とかいう形容は避けるべきだけどね。