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フローレスは、プッチーニは歌えるでしょうが、その代わりに、大きな代償を
払わなければならないでしょう。
ベルカントのテクニックです。
プッチーニといっても、ロドルフォだけかな、とも思います。
そんなにわめき散らすところがない役なので。
しかし、最後にミミが死んだことを知って、絶叫しなければならないわけで、
フローレスには、やってほしくない。ほかに、もっと代わりのきくテノールは
いるでしょうに、なんでフローレスが出てこなくてはいけないのか、疑問です。
過去に、悲惨な例があります。それは最初有能なベルカント歌手として出発した
フランシスコ・アライサで、「セビリアの理髪師」の終わり直前の大アリアを
初めて彼の声できいて、興奮したものでした。確かそのまえのほとんどの全曲盤は
全曲盤ではなかったのですね。
それが、最後には「アンドレア・シェニエ」まで歌って、ついに姿を消しました。
フローレスにしろ、アライサにしろ、両方ともスペイン語系統の名前ですね。
そうそう、なくなったクラウスも。
ぼくは、フローレスには、クラウスのような道を歩んでほしい。
「連隊の娘」のフランス語版もはじめは、クラウスで聴いていました。