しかし、あのソプラノは単なる不出来というような生易しいものではないと、とおもう。
全体を通して、ただ声を出しているだけ。
歌の魅力なんてものには縁がない。
皮肉だけど、アリアとレチタティーウォをまったく同じ調子でうたうというのは、
ああいうのをいうんたろう。どこに山場があるか、なんてことには完全に無神経。
案外、現代曲南下のほうが向いているとも思うけど、2度と聴きたくないな。