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「シュトックハウゼン音楽論集」より引用

 電子音楽というものの誕生日は1953年である。
 この1953年という年は、西ドイツ放送局のディレクターだったハンス・アルトマンの英
断によって、ヘルベルト・アイマートを所長とする電子音楽スタジオがケルンに出現した
年だった。
 スタジオと同時に青年シュトックハウゼンの、前代未聞の音の制作が始まった。そこで
は、すべての器楽音によってつくられた音楽が放棄され、作品構造に従った音そのものの
合成が始められた。それは演奏家を不要とする音楽の創造だった。電子音楽では、作曲家
が数人のエンジニアたちと作品のすべてをつくってしまうからである。
 こうして一挙に世界に電子音楽が広まっていった。