>>330
そりゃすまないね。

だけど実際を言えば、みんなに「現代音楽の魅力をわかってもらいたい」って訳でもないんだよ。
まあ「嫌い」なら「嫌い」で仕方ない。私だってモノによる。
というか、コンセプチュアルアートってのはオリジナルより手法をパクった商業作品の方が商品として実用的っていうのはあるからな。

にしても、歴史的功績ってのは別であってさ。
>>331には同意だから評価は「自然体」だの抜かす阿呆には腹が立つ訳。スイーツ(笑)かよ。

再三、指摘するが我々は今やクラスターだのノイズミュージックだのを「自然体」で受け入れているわけだ。
だけど、たとえば問題の1960年に、ノイズは決して音楽として「自然体」で意識されていた訳じゃない。

要は先人の実験の積み重ねの上に、今の我々の音楽観は形成されている訳であって、
まずは自分の「自然体」とやらを疑わなければ、作品それ自体について「好き」「嫌い」以上のことは言えないんだよな。
そもそも「肯定」だの「否定」だの、偉そうな発言をこの「自然体」とやらでされるのが、
とてつもなく不快な訳。細木数子かよ、おまえは。

それは別に現代音楽に限ったことでなく。
トリスタンの真価なんて当時の聴衆の状況を想像もできずに「肯定」も「否定」もない訳で。
あと、たとえばヴェクサシオンを「これ、絶対にいいから聴け」とは言えないでしょう。
アレ今まで完全に演奏されたことって確か数回じゃなかったっけ。そもそも演奏自体、無理なんだよね。
極論すれば「歴史的意義以外、何の価値もない」作品であって、
「好き」や「嫌い」すら拒絶してるところがある。

そもそも自然体野郎が口を挟む余地さえないわけでさ。本来。
だから「嫌い」とか「わからん」とか言ってるだけなら生あったかく見守るってば。
またスイーツ(笑)だよ、って感じで。