>>278
うーん、「私が」を「ギター弾きが」に一般化してるだけな気がする。
プロのリサイタルでも世界的に考えたらそこまで究極的な位置づけに
リュート組曲があってたくさん弾かれてるようには思えないし、
アマでも弾くだけなら中高生が弾いたりするような時代だし。

強いて言うならクラのメインストリームでも名前が通用する、それなりに人気がある、
適度に古い、ギターで弾いてもそれなりに様になるのがバッハくらいだから
祭り上げてしがみついてるのかなぁ、という印象しかないけどな。

セゴビアがシャコンヌを初めて弾いたわけではないしバッハの曲他の人もいい演奏してるけど、
偏見の強かった中で「ギターでもまともな曲が弾けるのか」と思わせたのはやはりセゴビアが
シャコンヌやったことと活動範囲が広かったこと、うまくメディアに乗せたことは大きいと思うよ。


それ以前にギター弾きがどうかなんてどーでもいい。
ギター弾きがギター以外のクラを聴かないだけで、古楽じゃテオルボも普通に出てくるし。

爪で板を削るのとこは重複してるよ。
あともし表板上にフレットのついたギター見たことないなら画像検索でもしてみたらいいかと。
19世紀初頭くらいまでならある。指板が一段高くなったのもその頃からだし。
サドルの追加はもうちょっと早いようだけど。

>>279
どの程度の追求かによると思う。博物館的な再現したいならしっかり色々調べて
やったらいいだろうし、
趣味で、しかもギターとの併用という現実を考えるなら楽器の数や奏法はある程度
絞った方がいいかも。
演奏活動する場合は知識として貯える必要があるのと、現実の演奏環境や
演奏レヴェルの維持、依頼・移動・コストといったこと考えて最善を尽くして
結果的によければどういう形になってもいいんじゃないかな。