オペラや特定の楽曲に限らずとも、モーツァルトの作品の多くに、ときに深淵が見え隠れ
するのを、諸君は見出すことができるであろう。ただ、それらは、古典の時代の矜持により、
あからさまに見えぬよう、多少は覆い隠されている場合が多いのだ。

それらは、後世のロマン派がそうであったような観念的に架構された苦しみや絶望とは異なり、
より人間存在の本質に深く根ざしたものであり、切実で本質的なものである。

キルケゴールやスタンダールが、モーツァルトの音楽に強く惹かれた所以であろう。

もし文学の世界で類例を求めるなら、「白痴」のムイシュキン公爵の精神世界がこれに近い
ように思われる。