簡単に言うとね。
キリスト教のお陰で、
「言葉」では精神的・倫理的・道徳的なことしか表現を許されなくなった。
でも、人間はそんなきれい事だけじゃ生きられない。
感覚的・エロス的なものも人間には必要なのに、
言葉でそれを表現することが許されなくなったので、
言葉以外の、例えば音楽などで表現されるようになった。
モーツァルトの音楽にはその「感覚的・エロス的なもの」があるが、
ハイドンの音楽にはない。
>>278はそう言いたいんだよ。