テオドール・アドルノの音楽論
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0062名無しの笛の踊り
2008/01/11(金) 23:04:25ID:4PPWc9JM30年代初頭のアドルノの音楽論には、後年ほどの凄みは感じられない、
というのは、むしろ芹沢博士の誠実な人柄(これは皮肉ではありませんよ)が
ゆえのことのように感じられますね。私見では、基本的な道具立ては、
>>49で挙げた論文ですでに出来上がっており、未完に終わった美学理論まで
個々具体的な作品評価も呆れるほど首尾一貫していると思います。
アドルノの具体的な政治状況判断が甘く、ナチ支配も一過性のものと考えていた、
というのはご指摘のとおりでしょう。1934年にアドルノはナチスに迎合的と
受け取られても仕方がない文言を含む音楽評を一つばかり書いています。
それでは、アドルノはそういう状況判断の甘さを捉え直し、
その反省を、音楽理論を含む自らの思想の養分としたのかといえば疑問です。
>>54の
>「たまたま収容所の所長が音楽好きだっただけ。そんなのと音楽とは何にも関係ない」
>という結論を、アドルノは認めないでしょうね。
は仰るとおりでしょう。
ですが、
>「ガス室送りを命じた者が、家族と音楽をこよなく愛する者だった」とき、 ・・・
>その時、音楽とは一体何なのか、
>こうした苦いアイロニーに何とか答えよう
というのは、アドルノの問題意識というよりは芹沢博士の問題意識と感じられます。
アドルノにとってそれはアイロニーでも何でもなく、啓蒙の弁証法の一帰結だろうと思います。
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