>>53
>“ガス室の中では、芸術もへったくれも無い”という唯物論

53氏がこの表現を出してくれたので、あえてそれに関連づけて言うならば、
アドルノの唯物論について(ちなみに唯物論と唯物史観はほとんど別物ですが)、
こんなふうに表現できるのではないかと思っています。

すなわち、
「音楽を奏でることが出来た者が、そのスキルゆえにガス室行きを免れた」とき、
「ガス室送りを命じた者が、家族と音楽をこよなく愛する者だった」とき、
「ガス室の中で最後に出来ることの数少ないひとつが、歌を歌うことだった」とき
その時、音楽とは一体何なのか、
こうした苦いアイロニーに何とか答えようとする試みこそが、
アドルノの唯物論の実質を形づくるものだったのではないか、と。

「たまたま収容所の所長が音楽好きだっただけ。そんなのと音楽とは何にも関係ない」
という結論を、アドルノは認めないでしょうね。
それが本当に「たまたま」なのか、いやそうではなく、
そこに何がしかの必然性・関係性(場合によっては共犯性)があるのではないか、
それがアドルノの「唯物論」の本質的課題だったんじゃないか、
と強く感じています。

だから、オレにとってのアドルノの音楽論は、難解であるというのとは別に、
何か苦い味がするんですよ。