連投スマソ。

たしかこの時期のアドルノって、
すでにイギリスに半亡命状態にありながら、
就職のことでしばしばドイツとイギリスを行ったり来たりしていたはず。
(遠距離恋愛の最中でもあったw)
「今ドイツに戻るのは危ない」という仲間の忠告を、
あまり真剣に受け止めなかったようですね。
それに、ナチスに対する認識も「どうせ一過性のもの」程度でした。

私見ですが、アドルノが本当の意味でアドルノになるのは、
ユダヤ人という理由だけで、有能な芸術家たちが次々と命を落としていく現実を、
否応なく突きつけられてからのことだと思います。

その意味で言うと、30年代の若書きの音楽論は、
アドルノ一流のキレをすでに見せてくれてはいますが、
深遠を覗き込んだ後の凄み、のようなものはさすがにまだ感じ取れない、
オレにはそう思えてならないのですよ。