>>22-34 あたり
『不協和音』の中心テーマ(の一つ)はドイツの青年音楽運動の批判.
アドルノからすれば,同運動の指導者が,中心人物(の一人)であった
ヴィルヘルム・エーマンのようにナチス体制下で「活躍」していた人物で
あり,ナチス期の活動について懺悔の気配がないどころか,ナチス時代の
ヒットラー・ユーゲント運動を肯定的に懐古したりしている点を,とにかく
絶対に許すことができなかった.
もちろんユダヤ系知識人として極めて当然であり納得もできることでは
あるが,アドルノの青年音楽運動批判は根本的にこの体質的嫌悪感,反感
が動機となっており,青年音楽運動の指導者の音楽観などに対する具体的
批判はすべて後からつけた理屈,との印象は否めない.
青年音楽運動が「バッハも(ハインリッヒ・)シュッツも」同じように
楽しんでいるのがケシカラン,というあたりに至っては,アドルノの批判は
ほとんど言いがかり,揚げ足取りのレベルにまで落ち込んでしまっている.