アドルノが個々の作品や作曲家について下す判断には
正直?なところもたしかにある。
(とくにオレの好きなシベリウスに関しては、
アドルノに文句のひとつも言ってやりたいところだ。)

しかし、彼の着眼点や方法論のユニークさやパースペクティヴの広さは、
いまだに多くの哲学者、思想家、美学・音楽学者を魅了していることも、
また事実。
有名なところでは、哲学者・思想家の故エドワード・サイードがそうだし、
クラヲタになじみ深いところでは、
これも故人となった指揮者で精神科医のシノーポリがそうだった。

統一された全体性という神話の中にあって、
決してそれに解消しえない異質な要素を際立たせることで、
その作品のもうひとつの隠された真実を浮かび上がらせる、
というスタイル。
それを哲学・美学理論として打ち出したのは、紛れもなくアドルノであり、
それを指揮者として演奏レベルで実践したのが、シノーポリだった。