まあ、アドルノの言うところの文化産業が提供してくれる
選り取り見取りの「ソフト」をとっかえひっかえ消費して、
俺は「大衆の好み」にも流されず、「音楽エリート」の偏見からも自由に、
シェーンベルクもピグミーの音楽も「同じ地平」で鑑賞しています、
ってな調子で、わずかばかりの優越感を満足させている消費者にとっては、
アドルノの議論が腹に据えかねるらしい、ということは良く分かった。