テオドール・アドルノの音楽論
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0216名無しの笛の踊り
2008/01/23(水) 02:59:21ID:nLrkZ707「ジプシー」音楽が、俺たちが現在「クラシック」と呼んでいる
ヨーロッパの音楽に与えた影響は大きい。シューベルト、リスト、ブラームスなどの
「ハンガリー風」音楽は、実質上の「ジプシー」音楽で、
バルトークは、ヨーロッパで「ハンガリー風」と受け止められている音楽が、
本来のハンガリー音楽ではないと主張し、民謡収集などによって、
それを「証明」しようとした。他方で、シューマン、サラ・サーテ、その他の
「ツィゴイネルワイゼン」が、本物の「ジプシー」音楽ではなく、
彼らが「ジプシー風」として虚構した性格が強いことも指摘されている。
そういうヨーロッパの音楽家なりの「ジプシー音楽」の極めつけの一つが
ビゼーの「カルメン」で、あの軽快で情熱的な音楽の実質はほとんど
「ジプシー」音楽とは関係がない。しかし、「ジプシー」音楽が、
ビゼーの創作の一つの強烈なインパクトになったことは疑いをえない。
ということで、「ジプシー」音楽とヨーロッパのそれぞれの地域の音楽は
「ジプシー」のヨーロッパへの進入時から長い期間にわたって融合を重ねている。
民族としての「ジプシー」にはヨーロッパの各地域の音楽を消化する小器用さがあるだけで、
それほど高い音楽的能力はない、という見方もあれば、
いや彼らは優れた音楽文化を持っていて、ヨーロッパの各地域の音楽を取り込んで
自らの音楽文化を発展させてきたのだ、という見方もある(現在はこちらの方が有力なようだ)。
「ジプシー」がヨーロッパ社会の中で差別されてきた―ある地域では「ジプシー」(エジプト人)
と呼ばれ、別の地域では「ボヘミアン」(ボヘミア人)と呼ばれ―のは事実だが、
ヨーロッパの音楽文化の一角をなしてきたのも間違いない事実。
>>209のアンダルシアの「ジプシー」の話は、申し訳ないが、
彼らが本能のままに?自らの音楽文化を維持している、という、
彼らがヨーロッパの音楽文化と深く関ってきた歴史を無視した、
いかにも「先進国」の音楽消費者が好みそうな「神話」の一つに
しか見えない。
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