テオドール・アドルノの音楽論
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0213名無しの笛の踊り
2008/01/23(水) 01:27:44ID:kETjp9np>クラシックなんてきいたことのないアンダルシアのジプシーが、
>生まれて初めてベートーヴェンを聴いた。たちどころに叫ぶ、
>「この音楽化にはドゥエンデがある」と。
>>204だが、この逸話が作り話であるかどうかは全く関係なく、いい話だね。
むしろこのエピソードが本物であってほしいとさえ思う。
「(そのジプシーに向かって)アンタは、ベトを深いところで理解しているんだね!」
と抱きしめてやりたくなるくらいだ。
でもそれは「虚心坦懐」だからだろうか?
「ドゥエンデ」というものがそのジプシーの心身に染み付いているからこそ、
それをベトの音楽の中に感じ取ることができたのではないか。
だとしたら、それは「虚心坦懐」とは呼べないだろう。
すでに何かが刷り込まれている、という意味では、彼我の差はない。
ただそのジプシーの場合、その刷り込まれている何かが、
(たぶん我々とは違って)美しいのだ。
「虚心坦懐」というゼロ地点を無理に作り出さなくても、
そのジプシーのベト理解の素晴らしさを称えることはできるよ。
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