今夜サントリーで
三枝

物 語
舞台は1936年、東京の簡素な家の寝室。
着物を着た若い女、トミコが夫の亡骸の傍らに座っている。
その夫は226事件の首謀者の一人として捕えられ、刑死したのだ。
夢のように幸せだった結婚生活はたった半年で終ってしまった。
トミコは、夫を裏切り刑死に追い込んだ人々を呪わずにいられない。

ふたりが出逢ったのは、トミコが15歳、彼が23歳のときだった。
大恐慌で父の事業が破綻、舞妓となったトミコは老人の愛人となることを強いられる。
その苦境から彼女を救い出してくれたのが彼だった。運命に導かれるように恋におちた二人はまもなく結婚。
トミコは幸せの絶頂に酔いしれる。しかし、幸福は長くは続かなかった。

夫は新しく輝かしい世の中を創ることを夢見た末に、幸せな家庭よりも男としての本懐を遂げることを選んでしまった。
夫の亡骸を見つめながら、トミコは彼女の若いからだがもはや誰のものでもないことを悟り、悲嘆にくれる。
彼女を置き去りにした夫を恨み、彼を死を与えた権力を呪っても、その悲しみが癒えるはずもない。
トミコは、小さな思い出を記憶から手繰り寄せて、彼の面影を呼び戻そうとするが、
悲しみは深まるばかりだった。

亡き夫の遺書には、未亡人となっても生き続けて、
それぞれの両親に孝養をつくすよう記してあった。生き続けるか、
夫の名誉を回復するために彼女も死を選ぶか・・・トミコは心のなかの葛藤に苦悩する。
気持ちを抑えるために髪をときながら、
やがてトミコは自分がなすべきことを悟るのだった――。