J.S.バッハ【総合】 Part 13
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0876名無しの笛の踊り
2008/03/23(日) 13:23:04ID:7gn/W7gX>あ、形容詞と助動詞「ない」の違いもね。
三上文法によって、いかに従来の橋本文法が、
西洋の文法の型に強引に填めて、でっちあげられたもので、
日本語の実態とかみあっていないものかが、証明された。
現代語における形容詞の「ない」と助動詞「ない」の区別なんてものもあやしいものである。
わたしは、形容詞の「ない」も、いわゆる助動詞の「ない」もおなじ一単語とみなすべきだと
主張する。その根拠は、
第一に、古の日本語には「なし」なんて助動詞が存在していない。
「ない」は(形容詞、助動詞の区別に関わらず)同じ、「なし」という形容詞から、派生している。
第二に、活用の仕方は、まったく同じ。
第三に、「賢くなくなる」とか、「分からなくなる」などのように、
形容詞であれ、助動詞であれ、用法上の違いもかぎなく少ない。
「美しくない」の「ない」は、用言につくわけだから助動詞と見なされるが、
「美しくなさすぎる」と言うよな。「美しくなすぎる」とは言わない。
そこで、岩波国語辞典の説明では、形容詞についだ場合の「ない」は
文法上は助動詞だから、語法上は形容詞と見なすと書いてある。
このように、形容詞の「ない」と助動詞の「ない」の区別はきわめて
あいまいである。
「美しくなさすぎる。」という用法が有る以上
「分からなさすぎる」を誤りと断定することはできない。
動詞に「ない」が付いたときだけ、「さ」を付けてはいけないという権利は
誰にもないのである。
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