しかしワルツに向いた指揮者の人選に苦労するぐらいなら、ぼちぼちVPOの内部から
「もうとっくにクラウスもボスコフスキーもいないのに、いつまでシュトラウスがオレたちの看板になってるんだ?」
とか言う声は出てこないのだろうか。
元々ワルツ王の生前にはダンス音楽として敬遠していたのをマーラーが強権でレパートリーに織り込み
クラウスとワインガルトナーが定着させた程度で、さほど楽団史と密着したレパートリーではないのに。
珍しくこの種の曲が大好きだった子クライバーは自身の「こうもり」理想郷を、あえてウィーンは避けてミュンヘンに築いたし。