グールドは常に言葉で物事を分析していないと気がすまないタイプだったと思う
頭のいい人が必ず分析屋というわけではないのだけれど、、
頭の中でいつも言葉か音楽が流れてる
ただそれを垂れ流すのももったいないので、自己分析と共に適度に書き溜めておく
本を読んでいても常に分析してるから、本に考えたことを書き込む
楽譜に対しても当然、読みながら細かく分析して、それを書き込む
グールドみたいに躁が結構出てくる人だとなおさら頭の中を常にハイスピードで言葉が駆け巡ってる
走り書きのメモを溜めていって、それを一定期間ごとくらいに人に見せられるようにまとめておく
ただ人に読ませる、発表するためにモノを書くのではなくて、あくまで自分の日常における思考を整理するため
それと頭のいい人の常としてグールドは他人に認められることより自分で自分を認めることのほうが大事
自分で自分を認めることで満足感を得る、そのために自分を認められる自己というものがはっきりある
こいつに認められればOKだっていうくらいに強い自己を持っている
自分で自分を認めるために自分が作った理想にいつも向かおうとするんだけれど、
それがものすごく高い位置にある理想なのね
自分が高いレベルにあることは自覚しているのだけれど、でも完璧ではないという思いがいつもある
だから同じ曲でも同じ弾き方はしない、いつも変えるし、過去の自分の録音に対してもいつも完璧ではないという思いがある
また作曲にしても書いている途中で投げ出してほとんど完成させることができない
書きながらこれでは理想を目指す自分を満足させることができないと分かってしまうから
そういうように自分自身のためにピアノを弾いているから、演奏会を拒否したのは当然だと思う
演奏会場で客がレコードで聞いたようにこういう弾き方で、それもノーミスで弾いて、、という期待を受けて
そのために「弾かされる」のは自分の理想の音、自分の完璧な音を求めて弾くグールドには合わない
スタジオに一人こもって、ミキシングまで自分でやって、こまかくレベルコントロールをして
自分が弾いて、自分が作った、自分のための曲作りという環境こそグールドにとって不可欠だったのではないかと思う