>>514
CLANNADアフターって、プレイヤーに長い心理的苦痛を繰り返し強いるじゃない?
でも、その繰り返される苦痛は、最初は報われることがない。
そうしているうちに、プレイヤーの苦痛と絶望が、朋也のそれと同期してくる。
感情移入させる装置として、脚本とシステムが旨く機能してるんだよね。
で、あの場面で、カントリートレインが聞こえてくる。
流れる新緑のなか、半分開いた車窓から入ってくる風を感じる。
音楽的な演出が反則的に秀でてると思った。
すべての自我を投じて感情移入することは、自分にはできないから、
ボロ泣きしている自分を見つめる自分も居て、なんか自己嫌悪になったり。。。
でも、Anaよりも小さな手のひらよりも、カントリートレインのあの場面が好き。


まあ、なんじゃ、今日の狼と香辛料は、鬱終わりでよい感じだったね。

ロドリーゴのギターと弦楽のためのセレナードでも聴きながら。