>完成度より劇性を取ったんじゃないの?
崩壊しながらも突き抜ける歓喜みたいな

そういう見方は21世紀の現代だからこその考え方ではないだろうか。
1955年(昭和30年)には、おそらくそんな見方はなかったのではないだろうか。当時レコードを出すというのは、大変コストのかかるもので、リスクも高かった。
コーダの最後の和音でオーケストラとティンパニが完全にずれているレコードを出したというのは、当時としてはものすごい英断ではなかったかと思う。
劇的効果を狙って、わざわざ演奏ミスのあるリハーサルの録音を使うような奇を衒ったことをするとは、普通は考えられない。