【事件後の動向・業界の反応】

2001年3月26日 事件直後(夕刻〜夜)、音楽の友社に情報提供あり。
        ⇒ 『レコード芸術』『音楽の友』締め出しを即決。

2001年4月某日 渋谷・某外資系CDショップに何食わぬ顔で配偶者と現れる。
        ⇒ 早速2chなどで暴露される。

2003年11月   カンバセーション招聘・制作「モリムール われら死す」(ヒリアード・アンサンブル)の
        東京公演(2004年2月27日 東京オペラシティ)のチラシ宣伝・解説を執筆。配布される。
        ⇒ クレームが読者などから多数寄せられる ⇒ チラシ回収 別のライターの原稿のものと差し替えられる。
         (当日無料配布のプログラム冊子の原稿も差し替えられる。)

2004年2月27日 東京オペラシティでの上記公演に現れる。
        http://www.conversation.co.jp/archives/semiclassic.html#top

2004年6月某日 古楽情報誌『アントレ』に取り入って、来日中のメメルスドルフのインタビューをする。

2004年9月某日 古楽情報誌『アントレ』上記インタビュー掲載 161号発売。http://www.em-entree.jp/omona-index.html 
         ⇒ クレームが読者・販売店(某外資系CDショップを含む)より寄せられる。
           以後、『アントレ』誌上から(再び)姿を消す。

2007年12月   >>1を国書刊行会より発刊。http://www.kokusho.co.jp/shinkan/index.html

時期不明    N女史が指導する某アマチュア宗教音楽合唱団のアドバイザー、指導員となる。
        ⇒ 前科が発覚してクビになる。