最後に、>>538のチャイコフスキーのワルツです。

チャイコフスキーの交響曲におけるスケルツォをおさらいすると、
1番はメンデルスゾーンの妖精型。2番はベートーヴェン型。3番は無窮動型。
4番は民謡型(しかしタテノリ)。
このあと5番のワルツ型が登場するわけですが、ご承知のように
4番(1877年)と5番(1888年)の間には11年のスランプ時期が入っています。
4番の交響曲で、彼はフォン・メック夫人に自慢したように、交響曲の書き方が
わかったはずだったのに。たとえば、「運命の動機」を各楽章にちりばめる
統一手法は、4番も5番も同じレベルだと思えます。それなのに何故?

ここで、当スケルツォスレとしては、一つ、こじつけたくなります。

チャイコフスキーが4番まで書いたスケルツォはなにげにタテノリばかりでした。
繰り返しますが、たとえば1番のトリオ部分はワルツ的でヨコノリですが、
ワルツをアタマに持ってくるのは交響曲作家としては勇気のいることでした。
ということで、彼は横ノリのスケルツォ楽章について、「組曲」(2, 3番)と
「弦楽セレナーデ」で「ワルツ」として試します。
これだけ試作をした上で、ようやく11年後にかの「第五」を書くことが
出来た、と考えてはいかがでしょうか?
スケルツォ楽章にワルツを書いても、交響曲は成り立つ。
それを最初に示したのはベルリオーズ。でも、これは標題音楽の一部でした。
次にメンデルスゾーン。これもカンタータ的な組曲の一部でした。
そこで、本格的な交響曲に、本格的なワルツをはじめて入れた!

まあ、ドヴォルザークの第二交響曲(1865年)は既に横ノリですが。
いろいろ突っ込み宜しくお願いします。