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0541名無しの笛の踊り
2008/08/12(火) 18:42:37ID:A2fQLGr4「音楽と音楽家」(シューマン著)に面白い記述がありました。
「幻想交響曲」についての183-36年のシューマンの評論の中に、
交響曲の将来を安ずるところがあって、ロマン派の旗手たるメンデルスゾーンは
「創造的であると共に、思弁においてもすぐれた芸術家であるだけに、
この道ではもう何も得られないとみてとって、新しい道に突進した。
新しいといっても、もちろんベートーヴェンが医大な<<レオノーレ>>序曲で
準備してくれていたのであるが、とにかく、彼は交響曲の理念を、より
小規模なものに圧縮して作った、演奏会用序曲によって、当代の器楽作家の
第一人者となった」とあります。ちょうど、我々がリストの交響詩について
思うような位置づけを、シューマンは1835年の段階でメンデルスゾーンについて
感じていたわけです。その胸中にあるのは「真夏の夜の夢」序曲や
「フィンガルの洞窟」序曲であることは間違いありません。
その頃、1830年に既に3番目の交響曲(宗教改革)、イタリアまでは書いていた
のですが、シューマンは評価していない(影響を受けていると思えてならないのに)。
ともかく、シューマンにとってメンデルスゾーンは、一見我々が思いがちな
保守的な人物ではなく、音楽の「器」をかえる革新的な人物として映っていた
のではないでしょうか。そういうメンデルスゾーンの肩をかりつつ、シューマンは
ピアノの小品や歌曲から、どんどん交響曲や室内楽などの保守的な形式に移ります。
「真夏の夜の夢」序曲が、そこまでシューマンにとって衝撃だとすると、
>>491さんの「スケルツォが、本当に全体の中核をなす交響曲」に、
「真夏の夜の夢」を推したくなりました。贔屓のひきたおし、許してください。
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