「精神性(笑)」と書いて気づきましたが、当スケルツォスレの主題である
スケルツォって、いわゆる「精神性」を重視する立場からは
最も軽視される楽章なのではないかと思いました。
シューマンの2番にしても、バーンスタインが亡くなる直前に青少年のオケを
振っているの映像の中で泣けたのは2楽章スケルツォではなく3楽章だったし。
プラハ交響曲からメヌエットを抜いたのは精神性が昂じたためと言ってみたり。
思えば、スケルツォは音楽評論において酷い目にあってきたのかも。
そこに着目した>>1ご夫妻は慧眼といえよう(宇野風に)。