ショパン・リストとシューベルトを反対側に置いて対比を強調するのはあまり気に食いません…

シューマン・ショパン・リストの三人はよく並置されて語られます。
強引に区分けしてみるなら、ショパンはハイドン・モーツァルトの直系(その古典的なフォルムと、実験精神をも含めて)
であり、リストはベートーヴェンの直系(ひたすら外へと広がっていく表現様式(もちろん凝縮あってですが)から)であり、
シューマンは、その内向きの表現力から、シューベルトの直系なのかもと思います。異論は認めます。

リストの名前が出たので今日のスケルツォ。スケルツォとマーチS.177。
リストの単一楽章大規模作品の中でも、完成度の点で協奏曲2曲やソナタに匹敵する(「ダンテ」もか)名作だと思います。
お得意のメフィスト的なスケルツォと、これもお得意のほの暗いマーチが交互に出現するだけの形式ではありますが
(ソナタ形式と見る向きもあるようです)、全篇リスト的な魅力に満ち、弛緩もなく作り上げられた作品はもっと
普及しても然るべきと思います。やっぱり一回埋もれた曲の復権は難しい…
あまりの難易度に埋もれていってしまったという曰くつきの曲ですが、リストの曲全体から見れば(確かに非常に
難しいですが)、特別にこれだけが取り出して難曲と言われるようなものでもないと考えます… 難しいですが。

個人的には、世評の高いデミジェンコ盤(hyperion)よりも、あざとさを感じないヤンドー盤(NAXOS)が好きです。
手を入れているホロヴィッツ盤の、悪魔的なとしか言いようのない演奏も一聴の価値ありと思います。
リストとホロヴィッツの二人なら、楽譜の改変も十分に許されるかと。