○スケルツォについて ランダムに語ってください
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0404363
2008/07/01(火) 14:17:17ID:xFzW0pFR言い方が誤解を生んだようですね。
脳内とは、実際演奏ではなく、スコアを見て脳内で演奏するということです。
というのは、このスケルツォは実際の演奏は不能なのかな?と思うのです。
それは、技術的にというのではなくて、構造的にです。
<戦闘的な描写に至る意図をブルックナーが模索していた>
ブルックナーの標題的解釈については、明確な意識の統一が必要でしょう。
すなわち『ブルックナーの音楽は絶対音楽であって、具体的に何物かをあらわすものではない』と。
《狩のスケルツォ》は唯一の例外です。
それ以外の、ブルックナー自身が標題解説をした、そしてそれが手紙として、確たる資料として残されている場合でも、
それらは、単なる作曲家の後付け感想に過ぎないと思われます。
しかし、ブルックナーの音楽から、聴衆がある種の共通のイメージを持つことは全くの自由です。
それを、楽しく語り合うことに何の支障もありません。(僕ものべているように)
ただ、自分が描いた印象を、作曲家の意図に結び付けようとするのはいかがものかなとは思います。
<・・・ところで、“可憐な乙女”ってトリオのことでしょうが、>
スケルツォの、いわゆる第2主題の部分です。
トリオは、トレモロも、スケルツォと同じテンポというテンポ指示も《第二交響曲》と同じですが、
メロディーの2連に対する合いの手の3連が、なにか神秘的なものを抱かせますねえ・・・
可憐なというより、ブルックナーには不得手の一筋縄ではいかない熟女っぽい・・・・
とにかく、無理に描いたような感じです。
<聴くたびに いつもマーラーの第2番の第2楽章を思い出してしまうんです。>
3番の2楽章にも近いような・・・・
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