と、書いてみたけれども、D-durの元気の良く輝かしい1楽章を持って
重苦しいd-mollが続くOp.10-3より後の作品としては、
ピアノ三重奏の「幽霊」やチェロソナタの5番などがあるのだが、
二曲ともスケルツォ楽章がないのが興味深い。癒しはいらないのか?

Op.10-3や、英雄みたいな、いかにもコテコテな死の音楽を書くのは
こっ恥ずかしくなって、幽霊などの側は重くないからと無理矢理解釈してみたり。

いやはや、失礼しました。