ラスカの時代は多分、フルオケは揃わず、(今でもドイツの田舎でやるように)
管を縮小しての演奏の可能性がある。最近でも独某市で40人くらいのサロメがあったらしい。
つまりは「フル編成では初演」ということでしょうか。
因みに日響(既に新響から変っていた)の演奏は1942年(昭和17年)
安川加壽子(まだ草間加壽子)とのフランク「交響的変奏曲」と平尾貴四男の新作との
組み合わせだったはずです。(ちょっと資料が・・・)