ジョージ・セルとの関係には、カーゾンとの場合のような期待は持てなかった。
彼は毒舌で悪名高く、行く手をさえぎる生物はすべて餌食になるという評判があった。
ごくわずかな者を除いて、オーケストラの楽員は彼を嫌っていた。
しかし名のある演奏者でも、芸術面では彼の欠点を見つけることができなかった。
指揮台での彼に温情はなかったが、彼のつくる音楽には温情とやわらかさが、確かに存在した。

彼と仕事をするのは不安だったが、何か不思議な理由により、初めから心を
かよわすことができた。一九七○年に彼が亡くなったとき、ほとんどすべての
死亡記事が「彼は愚か者を歓迎しなかった」と書かずにはいられなかった。
しかし本当は、愚か者を一切許容しなかったという方が近い。
その態度は厳格で、笑うどころか微笑むことも滅多になく、明敏で無駄を排していた。
ハンガリー人の彼を出しぬくことは、ほとんど無理だった。