ブルックナーは交響曲第5、第6、第7を、筆を進める過程で多少の中断はあった
としても連続的に生み出してきた。これらの3曲には異種校稿という意味での改
訂稿はなく、決定稿がひとつあるだけの作品群をなしている。1884年12月30日
のライプツィヒにおけるA.ニキッシュ指揮、1885年3月10日のミュンヘンにお
けるH.レヴィ指揮による《第7番》初演の大成功。また1885年から86年にかけ
ての《テ・デウム》や《ミサ曲》等の演奏会の好評、さらに《第3番》の米国初
演の成功などが続いたうえに、86年後半には《第7番》もニューヨークだけでな
くシカゴやボストンで演奏されるといった、それこそセンセーションと言って過
言でもない名声の急速な広まりをみせている。

↑インバル指揮、フランクフルト放送交響楽団のブル8(ワーナーベスト100)解説

1884年12月30日に演奏された演目は何なの?
この文章からは判らないけど。
我々の払ったお金はこんな悪文につぎ込まれているの?