まだほとんど習作の域を出ない作品1の弦楽五重奏第一番と後の「我々の知ってるドヴォルザーク」とを対比して、
その音楽の違いを民族主義とかチェコの風土・国民性みたいなものに根拠付けようとするのは、
はなっから「チェコ国民学派」としてドヴォルザークを評価しようとする先入見にとらわれた乱暴な議論に過ぎないと申し上げているのでございます。
あたかも彼は人間としてそして音楽家として、内的契機から成長することも、自分の個性を確立することもできなかったようにです。

そもそも、チェコの国民性やスラブの民族性に関して、ドイツ=オーストリアの国民性やゲルマンの民族性と同様に、
遠く離れた日本のわれわれが一体何を語り得るのかという問題を別にしてもです。

地理的位置関係をご確認下さいと申したのは、チェコの作曲家ドヴォルザークにとってはメンデルスゾーン、シューベルトや
モーツアルトといった先達の「ドイツ=オーストリア的」形式・作風を踏襲することは、異民族からなる音楽先進国から
剽窃・模倣することなのではなく、共有する土壌の上に立って、その伝統を継承・発展することであることをご確認いただきたかったからです。

また「晩年の最終的なアウトプットは、ロシア人たちもドヴォルザークも同じように西欧とは隔絶している」というのは
「晩年には西欧音楽と鋭く対比する独自の民族的音楽を創作した」とおっしゃりたいのだと推測しましたが、これも極端な言い方をすれば、
「われわれがドヴォルザークの晩年の作品等を通じて知っているチェコ音楽の独自性をドヴォルザークの晩年の作品は表現している」と
意味のないことをおっしゃっているに過ぎません。これまた、「西欧音楽」というカテゴライズ自体が相当に怪しいものであることを除いても、です。