>>62
うーん、馬鹿だからか、今一つ言いたいことが理解できないんだけど。

実際、アントン・ルービンシュタインやゲーゼ(ガーデ)みたいな人は
「国民楽派」的な発達を遂げなかったから、現在はロシア5人組やスメタナなど
と比べて軽くみられているのではないですかね。

プラハは18世紀から音楽文化の中心の一つだったわけで、考えてみたら
ドヴォルザークがウィーン古典派〜初期ロマン派的な環境のなかで
育ったのは当然だろう、と。弦楽五重奏や、ワーグナーの影響がみられる
チェロ協奏曲第一番など初期作品を聴くと、どっぷりドイツ=オーストリア的な
音楽なんだなあと実感したと、書いただけで。

このまま、彼が北欧人ゲーゼみたいに忠実なメンデルスゾーンの後継者のような
作風を続けていってたら、きっと我々の知ってるドヴォルザークとは
全然別の扱いだっただろうな、と指摘しているだけで。

何かノータリンなことを書いているのでしょうか?ご指導お願いいたします。