>>106-107のような罵倒クンのレベルだと問題意識を持ちようがないから
理解しにくいだろうが、スメタナやグリンカのように土着的(標題音楽志向)で
なくて、メンデルスゾーン的な絶対音楽志向から敢えて抜け出した
ドヴォルザークの苦労は、あとから一瞥しただけでは「先行者が作った素地の上に発展させた」
なんて魂のカケラもない言い方で済ませられようが、作品1から順番に勉強していくと
大変な苦労と工夫があったとしか言いようがないことがわかる、ということだよ。

たとえば、独墺の周辺国の人たちが必ずしも土着化する必要がなかった例として、
先にはベルギーの弦楽のヴィルトゥオーゾの例をあげたけれども、今度は
デンマークの例で考えてみようね。19世紀のコペンハーゲンの王立劇場楽長は
ゲーゼ→ネルダ→スヴェンセン→ニールセンと移っていくわけだが、
ゲーゼはメンデルスゾーン直系のコテコテの独墺ロマン的作風、
ネルダはボヘミア風の作風、スヴェンセンは戻って独墺ロマン的、
で、ニールセンは誰もが認めるデンマーク国民楽派的作風、となる。
ニールセンになったら、もう20世紀だ。
だから、
>何人かと並行的な現象でしょう。
とって他人を罵倒するネタにつかうのは、かなり時間的な無理があるわけ。

「普通」は、20歳であの弦楽五重奏を書くほどの独墺的な教養があった
ドヴォルザークには、もっとスマートな、スヴェンセン的な発展の
可能性というのも大いにありえたわけだ。もちろん、そこで通史どおり
スメタナの影響というのが入るわけだが、独墺的書法を直接的に
発展させるのではなくて土着化(国民楽派的な書法化)するというのは、
随分な勇気があったと、実感すべきだね。

19世紀のチェコは、そうした意味での土着化の先進国であった
(からベルギーやデンマークは遅れていてチェコが先に国民化した)と
単純に言うことも出来るかもしれないが、そういう言い方だと
個人の苦悩、苦労に思いをはせることは出来ないだろうね。