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連投失礼。
今のようなロッシーニの様式が根付いたのは、まだそんな前のことではない。
いまだに、ソプラノを起用してセビリアを上演することがあるから、
いまだに完全には根付いてはいないのかもしれない。
最低はキャスリーン・バトルのロジーナ。
カラスは様式をおそらく本能的に感じたんだろうけど、
セビリアを録音したのが、58年(一応ステレオ)では、早すぎて日本の批評家たちは
異口同音にけなした。
そうそう、ヨーロッパではあの録音は評価されているんだ。
カラスのロジーナとベルガンサのロジーナはそういう意味で共通点がある。
カラスのばあいは、理解しうんちくをたれる評論家たちには早すぎる変化だったと
思う。