ゼルキン父の”夢がない”はわかるような気がします。
3楽章(2楽章?)の主題の厳しさ、そして最後の再現でも同じように厳しいところなどは、
まるで息子の夢を言下に却下するお父さんのようだと思ってしまう。
この人もいわゆる新即物主義なんでしょう?

ギーゼキングの30番はトスカニーニの9番と同じで怖くて否定できませんが、泣けませんね。
この曲で泣けないのなら、どこで泣けというのか…

最後のトリルは32番のトリルと同じで難しいんだよ。
2楽章もprestossimoで弾くのはほとんど不可能。
ただ破綻したとしても、そのエネルギーがその後の曲に大きく影響してきます。
シュナーベルなんかはそれをわかってやっているんだと思う。

30番はここ最近人気があるようですね。
私も32曲の中で一番好きで、録音も楽譜もかなり持っていますし、自分でも弾きます。
なにより、“不滅の恋人”がらみのエピソードがついてまわるので、感情移入しやすい。
ただ、かつての大家の素晴らしい演奏が随分残っているので、今のピアニストが
この曲で印象的な演奏をするのは相当難しいだろうと思います。

上にでた、ケンプ、ギーゼキング、グルダ、ソロモン、シュナーベルあたりでもう新しい録音
は必要ない、という風に感じてしまいます。

確かに先週のルイサダは何よりも気合が足りなかったようでした。