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0224名無しの笛の踊り
2008/06/08(日) 03:14:07ID:Kk7V38lc@とAを同列で語っている時点で、痛すぎる。
まず@から言えば、多くの被爆者は自分の体験など語りたくないのだよ。
思い出したくもない、という人がほとんどだろ。
「遭った者にしか分からん」というのが本当だろうし、
文字通り「筆舌に尽くしがたい」体験だったはずだ。
それなのに、思い出したくもないし語りたくもないことを、
どれほど言葉を尽くしても言葉が足りないもどかしさを押して
あえて語るのなぜだ。体験していない者に、少しでも伝えたいからだろ。
被爆者の重い言葉を聞いた俺たちは、じゃ、どうすればいいのか。
聞きっぱなしでよいのか。被爆者当人の思いには全然足りないだろうけど、
証言を聞いた者として俺たちも語る必要があるんじゃないのか。
それが継承ってもんじゃないのか。
当事者の話じゃなければ「説得力がない」から、っつーて、
いつまでも被爆者に語れと言い続けるのは、立派な暴力だ。
Aの芸術表現についても同じことが言える。
俺たちにはすでに峠三吉や栗原貞子の詩、原民喜や大田洋子の文学などの
被爆当事者による貴重な芸術表現が与えられている。
その表現を、体験していない者がどう受け止めるのか。
細川俊夫や糀場富美子の作品はその角度から見るべきだろう。
被爆者の証言も、芸術表現もろくに受け止めないで、
被爆2世3世の作曲家、出て来い、そうじゃなきゃ「説得力がない」
なんて幼稚な話をいつまでも得意気にやってんじゃねーよ。
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